12月29日(土) 晴れ

風邪の症状が治まってきた代わりに風邪薬の薬効で鼻が詰まってしまい、お茶の楽しみが奪われてしまった一日。食欲もバグっていて、空腹を感じ取ることができない。倦怠感や身体の痛みは無いのに、食欲だけが麻痺していて気持ち悪い。朝から外出して気分転換しようかと考えたが、不貞寝しているうちに出勤時間となったので、何も食べずに職場へと向かった。

今日もカウンター内にたくさんのコミックが積まれている。けれど昨日よりもフィルム掛けが進んでいて、スーパーバイトのT中君がいたのでシュリンク掛けはスムーズに進んだ。T中君は若くてフレッシュな大学生の男の子で、私の半年ほど「先輩」にあたる。人当たりがよく、要領も良いので、彼がシフトに入っていると仕事がスムーズに進む。店長のお気に入り。顔がかわいいので私もT中君が大好きなのだが、残念ながら彼には可愛い彼女がいる(ぐぬぬ)。それは置いておくとして、私がお店に入ってから彼がレジを離れられるようになったので、店長の肝入りでコミックの品出しを伝授されるようになった、という経緯らしい。実際私も男性向けコミックのことは殆ど分からないので、彼から色々教わっています(大学生のかわいい男の子と喋りたい口実)。

今日の社員は店長ではなく病み上がりのMさん。荷物の少ない配送最終日から休配期間にかけて、職場復帰の様子見という店長の判断らしい。店長にとっては地獄の「通し番」を含めた連勤続きの中でようやく手にした休日である。店長は人の心配なんてしてないでゆっくり休んでください。店長は私よりも結構年上なのに、ときどき放っておけない少年のような顔をするから困る。

T中君と相談して、Mさんに負担をかけないようにレジ応援やレジ内作業などのバイトだけでできる業務は極力Mさんを呼ばないようにして、連携プレーで仕事を片付ける。T中君のおかげでシュリンク掛けから品出しまでスムーズに終えることができた。できた隙間時間で休憩に入るまでの間、昨日読んだ『都合のいい女』のPOPを書く。売れて欲しい。

今日の休憩時間は星名あんじ先生の攻略に費やすことにした。ツイッターで検索をかけてみると客層は薄いがコアなファンがついていることが窺える。刊行レーベルが「麗人uno!」「Baby」「arca」と跨っているため、うちでは作家別ゾーンで作家名入りのジャンルサインを立てて棚差ししている作家なのだが、個人的には未だ読めずにいた。最初に手に取ったのはJパブリッシングのレーベル「arca comics」から出ている『希う(こいねがう)オリゾンテ』。あんじ先生の本の中では、このタイトルだけまだ一冊も売れていない。ページを開いてみてその理由の一つがわかった。絵があまり上手くない。私はてっきり「画力系」の作家だと思い込んでいたのだが、塗りの豪華さと背景の描き込みのせいでデッサンの狂いが悪目立ちしている。表紙は美麗だが、中の作画が良くないというがっかりするパターン。竹書房サイト内のリンクから辿れる「麗人uno!」作品の試し読みは一応読んでいたのだが、そこからこの作家の本当の画力を見抜くことができなかった。あるいは、何らかの事情でJパブリッシングから出版している作品だけ作画にリソースを割けなかったのかもしれない。そんなことを考えても仕方ないのだが、読み進めていくと話は悪くない。キャラクターの「顔」のコントロールが甘いので、表現としては見せ場がいまいち決まらないのだが、シナリオの出来は売れ線の作品と比べても遜色がない。究極的には、BLは「絵が全てではない」と言うことが許されるジャンルだと考えているので、他の作品も手にとってみてあんじ先生の作品をどこまで扱うか検討したいと思った。この書き方から既に察せられているとは思うが、『希う』に関しては私の好みではなかった。

途中で切り上げて隣のコンビニへ買い出しに出かけたが、レジ番が「ヤツ」だったので諦めて遠くのマクドナルドへ…。なんで私が奴を避けるために寒空の下を薄着で歩かないといけないのだ。そんな理不尽を受け入れてでも、奴と会話したくないという思いのほうが遥かに勝るので、しぶしぶご飯を買うために歩いた。

店内に戻ってからMさんと隣のコンビニのシフト情報を共有した。Mさんは「ヤツ」に話しかけられても、目線を合わさずに無視しているらしい。流石、徹底している。店員と客の関係だろうがなんだろうが、変態とは言葉を交わしてはいけないのだ。言葉を交わした分だけ毟り取られてしまう。

休憩から戻る際にT中君をあげて、レジを交代する。今日はやけにBLコミックが売れる。クリスマスの前後に全然売れなかった分、波が来たのだろうか。あれよあれよと、日平均の4倍以上は売れている。年末の駆け込み需要(?)かもしれない。『ひだまりが聴こえる -リミット-2』が大晦日前に枯渇してしまった。この時期に発売日を設定する版元が悪いのだが、在庫を切らしたまま正月を迎え、川上・川中の年末年始休業で補充注文の受注〜出荷作業が滞ったまま1月中旬まで品切れを引き摺ることになる…。配本3〜5の書店は皆どこもこんな感じだろう。売れないよりは全然マシなのだが…。

今日はBLコミックの問い合わせもあった。担当なら自分が一度仕入れた商品の在庫の有無は頭に入っているので、データを見なくてもお客さんの問い合わせに答えられてしまうのだが、ついうっかり口を滑らせて即答してしまった。お客さんから見れば、私よりも見目麗しいMさんのほうがBL担当として自然なルックスである。いかにもBLを読まなさそうな私が即答できてしまうのはおかしい。BL読みであることを恥ずかしいとは思っていないが、お客さんのドリーム(?)を壊したくはない。ジェンダーロールはどこにでも自然に浸透しており、私もまたそこから逃れることはできない。私は世を忍ぶ闇のBL担当であり、お客さんに正体を知られてはいけないのだ。そんなことを真剣な面持ちでMさんに話してみたら、笑われてしまった。店長曰く「オタクの素養がない」、オタクっ気が一ミリもないMさんがお客さんから腐女子だと誤認される光景は、想像してみると確かにおかしい。スレンダーで格好良い女性のMさんが、その実アブノーマルな性癖多めの「強火の腐女子」だったとしたら、女性のお客さんにとってこれほど心強いことはないかもしれない。私の情熱は私だけが知っていればよく、私の存在は黒子でいい。

閉店までのラスト1時間は、ひたすら雑誌組みで終わった。年明けにかけて、子どもがお年玉を握りしめて来店するので、児童向け雑誌がよく売れるのだそうだ。レジ内作業を終え、レジをMさんに代わって貰ってゴミ出しの準備をしていると、昨日の少女が来店して立ち読みしていた本を買っていってくれた。私のレジでは本を出し辛かったのだろう。少女には私がBL担当であることは十中八九バレているに違いないのだが、悩んだ末に本を買うという判断をくだしてくれたことが嬉しかった。そうやってよく考えて選んだ本は、きっと宝になる。少女は私が選んだ本を買ったのではなく、「自分が選んだ本」を買っていったのだ。私の売り場が彼女に「選択肢」を提供できたことがこの上なく嬉しい。こういうとき、この仕事のやりがいを感じる。私は闇のBL担当なので、未成年にもポルノを売る。

Mさんからアンリ・シャルパンティエのフィナンシェとマドレーヌを頂いて退勤。病み上がりで食べられないらしい。明日が休みなので、そのまま深夜営業をしている別の書店へと向かう。書店を退勤して、その足で書店へ行くのは、さながら書痴である。

BLコミックと雑誌を物色して『ダリア』の最新号とかつらぎ『ようこそ有澤家へ』(Canna Comics)を購入した。夢中でBLを物色していたら終電を逃してしまったので、近場のファミレスに入って早速『ダリア』の連載の『5人の王』第23話を読む。ひとしきり読んで悶絶した後、夜道を一時間ほど歩いて帰路についた。