2月26日(火) くもり

涙が止まらなくなってしまった。自分がなぜ泣いているのか、もうわからない。こういう日は決まって、Yのことを思い出してしまう。

2016年7月3日、日曜日の朝、ベッドの上で泣いている私の涙を、Yはやさしく拭ってくれた。涙はいちど流れ出すと、堰を切ったように止まらなくなるということを知ったのもこの日。Yが私の上に馬乗りになっているいまなら、首を絞めて殺してもらえそうな気がする。そう思ってYに「このまま殺してほしい」と言ったら、「そんなことしたら、弁護士になれなくなっちゃいますよ」と苦笑いされてしまった。電気を消した薄暗い部屋の中で、遮光カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。そんな光量だったので、Yがどういう表情をしていたのか、いまになってはよく思い出せない。ただ、Yの肌の感触だけが、鮮烈に脳裏に焼きついてしまっている。その日Yに殺してもらえなかったから、いまもこうして、私は生き存えている。惰性で日々を生きている。そのことがどうしてもやるせなく、私にはつらい。

いま画面越しに話を聞いてもらっている人は、私が涙を見せたらそれをやさしく拭ってくれるだろうか? そうは思っても、私は泣き顔を見られていないことに安堵してしまう。これ以上他人に依存するのも、寄り掛かって潰してしまうのも、もう耐えられない。そうするくらいなら独りで死んだほうがマシだとすら思う。それでもいまは、画面越しに掛けてもらった、「生き延びてくれたら嬉しい」という言葉を、少し信じてみてもいいかもしれない、と思った。

ガスを停められてから、ガスファンヒーターの吐く熱が人肌の温度を連想させるということを知る。それがないと、私は眠れない。大切なものは、いつも失ってから気づく。